大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)80号 判決

控訴人 三鈴マシナリー株式会社

右代表者代表取締役 鈴木三郎

右訴訟代理人弁護士 山下武野

同 大島重夫

同 秋田康博

同 椙山敬士

被控訴人 有限会社大洋工業所

右代表者代表取締役 村上孝太郎

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 美並昌雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人らは控訴人に対し、原判決の別紙物件目録記載(一)(二)の土地につきなした同登記目録記載(四)の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上法律上の主張並びに証拠関係は左に付加するほかは原判決事実摘示と同一である(但し、原判決二枚目裏一一行目の「吉川利春」を「吉川利治」と訂正する)からここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  詐害行為取消権の行使により、取消債権者は、他の債権者と共に弁済を受けるため、受益者又は転得者に対し、その受けた利益又は財産を自己に直接支払又は引渡をなすことを請求できる実体的権利を有する。ただ、不動産の場合には、登記制度があるために受益者から債務者に登記をもどす形式をとるに過ぎない。そして詐害行為取消権行使の効果は相対的であって、取消の効果たる原状回復は債権者の受益者又は転得者に対する関係においてのみ発生するのであるから、債務者はこれによって何ら直接に権利を取得するものではない。言いかえれば、当該財産は、総債権者の弁済にあてる目的のためにのみ、債務者の財産として取り扱われるにすぎないのである。

本件詐害行為取消権が行使されれば本件土地の所有権は債権者である控訴人と受益者である伊藤文典との関係においてのみ債務者である吉川利治に復帰することになるのであって、吉川は直接になんらの処分権をも取得するものではない。したがって詐害行為取消権が行使された後でも、訴訟に関与しない第三者である被控訴人らは吉川から抵当権の設定を受けることはできない。

本件仮処分は、吉川の責任財産たる本件土地の所有権を債権者である控訴人と受益者である伊藤文典との関係においてのみ吉川にもどし、控訴人をして本件土地の競売によりその債権の全部又は一部の実現を可能ならしめるために、その被保全権利の実現に抵触する一切の処分を禁じたものである。しかるに、吉川は本件抹消登記を経由した結果、本来債権者のための責任財産として確保されるべき本件土地を他に処分することができる地位を取得したものであって、これは本件仮処分の被保全権利の実現に抵触するものであることは明らかである。

(二)  控訴人は債務者吉川に対する強制執行をなす前提として受益者伊藤に対して詐害行為取消の訴を提起し、かつ新たな詐害行為を防止すべく詐害行為取消権を被保全権利として伊藤を仮処分債務者とする本件土地の処分禁止の仮処分を得たのである。

しかるに原判決の結論に従うと、右の仮処分は債務者から受益者への移転登記を抹消するという処分を抑止する力をもたないという結果となる。そうすると債務者としては抹消登記を経由しさえすれば、何度でも詐害行為をくりかえすことができることになり債権者としてはその度に詐害行為取消訴訟を提起せざるを得なくなり、いつまでも強制執行に着手することができない。

したがってあたかも土地所有権に基づく建物収去土地明渡訴訟を本案として建物の現在の所有者に対しその処分禁止の仮処分をなすことを認め、これによって新たな土地所有権侵害者の出現を排除するために当事者の恒定をはかることが許されるのと同様に、詐害行為取消権を被保全権利とする仮処分にも当事者恒定力が認められてしかるべきである。

(被控訴人らの主張)

不動産を目的とする詐害行為が取消された場合、債権者は当該不動産について直接移転登記を求めることはできず、債務者に所有名義を回復させたうえ、同不動産について強制執行を行うことになる。この場合他の債権者も配当加入したり、自ら強制執行ができるのであるから、このことはこれらの債権者の関係でも当該不動産の所有権が債務者に復帰したことを認めたことになるのであって、控訴人の相対的効力の主張を一貫させることは困難である。したがって、詐害行為取消権が右のような効果を甘受せざるを得ないものである以上、控訴人の仮処分に基づく本訴請求は理由がないものというべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

一、吉川利治がその所有の本件土地について昭和五一年一二月一三日登記原因を同年一〇月一〇日付「贈与」として伊藤文典に原判決の別紙登記目録(一)(ア)記載の所有権移転登記をなし、更に同年一二月一七日右登記原因を錯誤により「売買」と改める同目録(一)(イ)記載の更正登記をしたこと、控訴人が昭和五一年一二月二二日津地方裁判所伊勢支部において伊藤に対して本件土地について処分禁止の仮処分決定を得、同年一二月二三日右仮処分に基づく同目録記載(二)の登記をしたこと、昭和五二年二月一二日右(一)(ア)(イ)の登記につき伊藤・吉川間において、錯誤を原因として前記目録記載(三)の本件抹消登記がなされ、吉川が本件土地について所有名義を回復したこと、右の抹消登記が申請書に控訴人の承諾書又は控訴人に対抗し得べき裁判の謄本の添付がないままなされたものであること、及び同月二四日吉川から被控訴人らのために前記目録(四)記載の本件抵当権設定登記がなされたこと、以上の事実は当事者者に争いがない。

そして《証拠省略》によれば、吉川は控訴人に対して昭和五一年八月二四日当時有限会社吉長造船所振出の額面合計金三七七〇万円の約束手形四通の手形金債務について手形保証をしたことによる右同額の債務を負担していたこと、吉川は控訴人の右の債権についての請求訴訟(津地方裁判所伊勢支部昭和五二年(手ワ)第八号事件)において昭和五二年四月八日の口頭弁論期日に右請求を認諾したこと、控訴人は伊藤に対し、前示目録(一)(ア)(イ)記載の登記によってなされた吉川から伊藤への本件土地の所有権移転行為を詐害行為なりとして右各登記の抹消を求める訴訟(前同裁判所昭和五二年(ワ)第一三号事件)を提起するとともに、吉川に対し前示目録(三)記載の抹消登記が仮処分債権者である控訴人の承諾をえずになされた違法なものであると主張してその回復登記を求める訴訟(前同裁判所昭和五三年(ワ)第六五号事件)を提起し、右両事件について昭和五三年一〇月一三日全部勝訴の判決を受け、この各判決はいずれも同月二五日確定したこと、以上の事実が認められる。

二、以上の事実関係によれば控訴人は伊藤に対し詐害行為取消の訴を提起して吉川から伊藤への前記目録(一)(ア)(イ)の各登記の抹消を訴求し、この登記抹消請求権を被保全権利として本件仮処分の執行をしたものであることが明白である。控訴人は本件土地につき所有権等の権利を取得したものではないけれども、吉川の債権者として吉川所有の本件土地に対する強制執行をすることを可能ならしめるために右の訴を提起し、詐害行為の受益者である伊藤において本件土地を他に処分することを防止することを目的として本件仮処分をえたものである。したがって、伊藤が本件土地を処分することは右仮処分によって禁止されるのであって、かかる処分行為に基づく取得者の権利は控訴人の被保全権利(吉川から伊藤への所有権移転登記の抹消を請求する権利)に対抗することができないものと解すべきである。そしてここにいう伊藤の処分行為とは、伊藤が本件土地を更に第三者に譲渡して所有権移転登記をした場合ばかりでなく、本件のように債務者である吉川から受益者である伊藤への所有権移転登記が抹消されて登記名義が吉川に復帰した場合をも含むものであると解しなければならない。この後者の場合には、あたかも詐害行為取消の本案の権利が実現されたのと同じ結果を生じさせたものとなることは被控訴人らの指摘するとおりであるにしても、その結果吉川は更にあらたな処分行為をすることのできる地位を控訴人不知の間に控訴人の意思とは無関係に(詐害行為取消の判決によらずに)取得したことになり、あらたな詐害行為をなすことができ、何度でもこれを繰返すことができることになる。したがって、本件仮処分によって禁止された処分行為の中には右のような吉川から伊藤への所有権移転登記の抹消行為も含まれると解しなければ仮処分の意味は全くなくなるといわなければならない。仮処分の機能としてこれを認めることが相当であると解せられる当事者恒定の機能から考えても、控訴人としては伊藤に対し仮処分をえたことにより、同人を相手として詐害行為取消訴訟を続行でき、仮処分後の同人の処分行為はすべて無視することができると解すべきである。すなわち、控訴人は、本件仮処分の効力により、仮処分後になされた吉川・伊藤間の抹消登記の存在を無視して、伊藤に対して詐害行為取消の訴により右の抹消登記の請求を維持することができるとともに、吉川に対しては仮処分後の抹消登記が仮処分に違反することを主張してその回復を訴求できるものといわねばならない。更に、控訴人は、右仮処分の本案訴訟である詐害行為取消事件につき勝訴の確定判決をえたときは、吉川が右の仮処分違反の抹消登記をした後に被控訴人らに対してした本件抵当権設定登記についても、それが本件仮処分後の処分行為にあたるものとして被控訴人らに対しその抹消登記手続を求めることができるというべきである。

そして、控訴人が伊藤を相手とする詐害行為取消事件及び吉川を相手とする回復登記請求事件についていずれも勝訴の確定判決をえたことは前認定のとおりである。この後者の事件は、本件抹消登記が仮処分債権者として利害関係を有する控訴人の承諾をえずになされた違法な登記であることを理由とするものであったけれども、右の抹消登記が仮処分後の処分行為として仮処分債権者の被保全権利に対抗できないと解すべきこと前示のとおりである以上、右の抹消登記が結果として右被保全権利を実現したのと同じとなることを理由として控訴人が元来右抹消登記を承諾せざるをえない立場にあって右抹消登記手続が違法でないとする被控訴人らの主張はこれを採用することができない。

三、以上の認定判断によれば、控訴人は被控訴人らに対し本件抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する権利を有するものといわねばならない。そうすると控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は正当として認容すべきところ、右と結論を異にする原判決は失当であるから取消を免れない。

よって民事訴訟法八九条九三条九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例